『ディディエ』は私の友人の柴犬です。友人と一緒にブリーダーのところへ行き、子犬の気質を見る役を仰せつかりましたので、本当に小さなころから知っている幼なじみ犬で、犬の親友でした。
ディディエはテンションが上がりやすく、からかうのが楽しくて興奮させすぎたりしていたので、飼い主である友人には「ディディエの前だと、あなたはトレーナーに見えない」と叱られる始末でした。そんなディディエでしたが、5ヵ月齢から訓練所に入れられ、とりあえずおりこうさんになりました。しかし、2歳になったころ「散歩中に吠えまくって、どうにも手に負えないくらい悪くなったので見てほしい」とのSOSが入りました。私はちょうど帰国したところでした。体も精神的にも成熟する2~3歳の時期に、困った行動が出るのは珍しいことではありません。
というわけで、友人とディディエ、そして親友ではなくドックトレーナーとしての私の戦いが始まりました。友人はもともと穏やかな性格でしたので、気の強い柴犬に振り回されることがないように、まずは愛犬との正しい関係を作るベースプログラムを実践してもらいました。
数週間経つと、友人とディディエのあいだにはしっかりとした関係ができつつあるように感じたので、具体的に吠えるのを止める作業に入ることにしました。
音に対して敏感だったディディエは、小さな缶(12回くらいの立方体)に10円玉を数枚入れてガシャン!と1回音を出しただけで、まったく吠えなくなりました。その後は、もっと小さな缶にコインを数枚入れただけのものでも反応してくれました。これは、ディディエの音に対する敏感さもありますが、今まで友人が感情に任せた中途半端な体罰を使ったり、大声で叱ったり、脅かすようなしつけをしてこなかっだからこその効果です。中途半端に脅かす手段を使っていたら、おそらくもっと打たれ強く(?)なっていたことでしょう。
実際、以前に見たことがあるミニチュアーダックスフンドは、毎日毎日、頑固なおじいちゃんとその息子であるお父さんの2人に怒鳴られて、鍋のふたをお玉でたたく音で脅かされ叱られていたのです。そのミニチュアーダックスフンドは、ゴミ箱として使っていたワックスの缶(20Lサイズ)にコインや鍵をたくさん入れて思いっきり振っでも、効き目がありませんでした。ご主人が鳴らしたときは一応ハウスに逃げ込むのですが、それでも吠え返し、奥さんが鳴らしたときは缶の底に噛みついてきました。鳴らす人によって反撃の仕方が違うのは、やはり犬と飼い主さんとの関係が影響していると思います。
その後、ベースプログラムとガウ缶を使ったレッスンでいい感じになってきたということで、ディディエに会いに行きました。ドアホンを押してみると、以前はエントランスまで聞こえてきたディディエの吠える声が聞こえません。ドアが開くとそこには「いらっしゃい」と余裕の笑みを浮かべながら友人が立っていました。玄関に入っでも、悲しいかな、大好きな毛玉くんは飛んでくる気配がありません。
そのままリビングヘ向かうと……、いました! ディディエは、自分用のクッションの上に丸まりながら、ちぎれるのではないかというくらい一生懸命しっぽを振っていました。動いてはいけないとわかっているようで、じっとこらえています。かわいい!こういう姿こそ、かわいいと思っちゃいます!
「ディディ、ダメだよよと、私の姿を見つけて動きそうになるディディエを制する友人。静かなトーンの声ですが、威厳を感じました。私はディディエをクシャクシャしたい衝動を必死で抑え、静かにソファに座りました。ディディエはクッションの上でしっぽを振りながらじっとしています。私もあまり派手な動きをしないように注意しながら、刺激しないように目をそらし、ひとしきり世間話をしてから、もうそろそろいいだろうということになりました。
友人が、「ヨシ!」と言って「マテ」の解除の合図をすると、うれしそうに、でも気を使いながら、ディディエはスルスルと私のそばに来てくれました。そしていつものようにじっくりとぺロぺロしてくれて、私であることを確認して満足していたように見えました。私も興奮させすぎないように、静かに彼のあいさつを受け入れるようにしました。
「今ではもう何の問題もないんだよ」と満足そうな友人の顔を見て、幸せな気分になりました。自分で言うのもなんですが、本当にいい仕事をさせてもらったなあ、と感じる瞬間です。
がんばっでくれた友人、そしてディディエに感謝しています。本当にありがとう!